脱法ドラッグやるなら茶を喫せよ


 脱法ドラッグをまぶしたタバコのような葉を吸って、死亡した若者がいるという。脱法ドラッグとは、酩酊作用を持つとされる、いまだ法規制されていない薬物である。

 そんな得たいの知れないものを体内摂取するなんて、若気の至りだろうが、死ぬとなると話は深刻である。

 日本には伝統的に、酒というドラッグが許されきた。きょうも駅前の居酒屋の前で、学生らしい数十人の集団が、道に寝転んだり、吐いたりしているのを見かけた。若い女性もべろべろに酔っ払って倒れていたが、誰も気にとめない。

 それほど酩酊できる酒を飲まずに、わざわざ危険な脱法ドラッグに手を出す明確な理由はないはずである。何か普通と違う、非日常のあわいを味わいたいという、誰もが持つ好奇心にすぎない。

 私は、脱法ドラッグをやって健康を害すくらいなら、茶を飲むことをすすめる。茶といってたかをくくってはならない。茶も立派なナルコティクス(酩酊剤)である。中国の古い詩に、茶を飲んで夢幻の世界を旅する幻想的な詩がある。

 日本の緑茶は、数ある茶の種類のひとつにすぎない。白茶、黒茶、青茶(烏龍茶)、その他あらゆるバリエーションがある。それぞれ香りも味も異なり、酩酊感も違う。

 タイで出会った烏龍茶は私の日常をうるおしている。烏龍茶といっても、サントリーのペットボトルのような赤っぽい色はしていない。発酵が30パーセント以下なので、うすい黄緑色の、緑茶に近い色である。

 香りと味は日本の緑茶とはずいぶん違う。渋みはなく、そのかわりに何ともいえない青々しさがある。ていねいに淹れると、ふわりと高山の霧のにおいのようなものが鼻をかすめる。その烏龍茶は海抜1000メートルの高山でつくられているのだ。

 2杯、3杯と杯をかさねると、ふいにわきの下に風が通っていく。憂いは消え、しずかな高揚感がつづく。しばらく頭の中をからにして、次の仕事にうつる橋渡しになる。おいしくて気分もかわる、お茶になぜ目を向けないのか、脱法ドラッグをやる若者は。


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日本オタク


 周辺の事情がかわり、東南アジアへひんぱんに出かけられなくなった。日本のよさをいやがおうにも味わわなくてはならない。日本のよさのひとつは、世界中の情報がキャッチできること。つまり翻訳技術が発達しているので、日本語だけでかなり世界のことがわかる。

 つまり良い本が手に入りやすい。タイやフィリピンだとこうはいかない。本に限らず、音楽や映画など、そうとう手広く探すことができる。こういった2次情報の広さ、深さ、ふれやすさは、日本の良さといっていいだろう。

 いまひとつは、日本の伝統文化だ。美術、陶芸、食文化など、ルーツは世界各地にありながら、日本で独自の方向性を見つけ、定着したものが数多くある。その一つを追っても、一生を費やすような深みがある。

 やはりいちばんの日本の良さは文芸にある、といわせて欲しい。書き言葉に限らず、話芸、ナラティブ(口伝えの伝承)も含めて、奥深く、思いもよらない魅力にあふれている。

 へんないいかただけれど、日本オタク、としてしばらくは過ごそう。「萌え」の対象は両手の指に余るほどいる。


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つがいのつばめ


 季節感の無い都会暮らしだが、花の咲き出しや、鳥の到来で季節を感じることがある。海沿いの公園に、立ち入り禁止の区画があり、雑草が伸び放題になっている。木々も植わっており、さながら小さな里山のようだ。

 子どもの背丈くらいに伸びた雑草の先すれすれを、つばめが飛んでいた。二羽、自由曲線を描きつつ、8の字を横にしたような軌道で飛び交っている。この時期、つばめは巣をつくり、ひなを育てるので、きっとつがいなのだろう。

 雑草の生い茂る、人の来ない区画は、つばめにとってかっこうの猟場なのだ。伸び放題の草原には虫が密集している。そこをねらって来る。

 いろいろと気になった。巣はどこにつくっているのかなあ。マンションの玄関だと管理人につぶされる。一軒家の軒先なら安全だが、家の主がつばめ嫌いだと、糞で汚れるからやはりつぶされる。

 それでもこのつがいのつばめの両親、また祖父母は、ずっと都会で巣づくりを続けて来たはずだ。つばめは毎年必ず同じところに巣をつくろうとする。いったいいつの時代からこの街を子育ての地に定めたのだろう…

 原発事故で無人になった福島の町にも、つばめは帰って来たのだろうか。人間の誰もいない町をみて、何かを感じただろうか。人の家に巣をつくるのは、きっと外敵が少ないからだ(蛇やいたちは人間が追い払うし、ワシなどは近づかない)。

 ということは、人のいない福島の町には見切りをつけて、どこか別の町へ移っただろうか。花鳥風月が日本人の心象風景をつくってきたというけれど、つがいのつばめを見てもどこか哀れみを誘われる五月だ。


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漫画『風の谷のナウシカ』の名場面


 漫画版『風の谷のナウシカ』は第三巻がもっとも読みごたえがある。アニメにも出てくるカリスマ的な戦術家、皇女クシャナの騎兵戦を描いている。

 クシャナは父王の謀略で無益な戦争にかり出される。その企みを知ったクシャナは、叛旗をひるがえして王都を攻略するため、自分の育てた兵団の戦力を集めようとする。しかし兵団は、同じように謀略によって、死地へ足止めされ全滅しかかっていた。

 そこへ現れたクシャナは、戦線を立て直し、騎兵をひきいて敵の包囲網を突破しようとする。敵をかく乱し、大勝利を挙げて帰還するまで、息もつかせぬ展開だ。はじめて読んだのは私が12才のときだった。いま読んでも、かわらない興奮を覚える。

 その後の漫画版は、どろ沼の消耗戦がひたすら描かれ、物語はどこへ向かうか分からないまま、連載はいったん途絶える。それでも宮崎駿はどうしても決着をつける必要を感じたのだろう、長い冷却期間のあと、第七巻を書き上げて『風の谷のナウシカ』は幕を閉じる。

 今夜アニメ版『風の谷のナウシカ』が放送される。私の観たのは幼児のころだと思う。私の精神形成にかなり大きな影響を与えたことは、確かである。アニメだけでは物足りなくて、本屋という本屋を探しまわり、やっと漫画版を見つけたときの、ぞくぞくするような期待感を、はっきりと覚えている。


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都会の自然


 都会に暮らしていても感じる自然は、田舎暮らしで感じるそれより、ときとして活き活きしている。

 線路端(ばた)や石垣のかわいらしいりんどうの花。高層ビルの谷間をぬけていく小鳥。今日は天気がよかったので、図書館の庭でかきものをしていると、夕暮れの忍び寄るのを肌で感じた。

 子どものころも、同じように夜の来るのを感じていたなあ。夜は何かしら大きく、黒いもので、地球の自転によって昼と夜の入れ替わることを知っていても、まるで人格を持っているように思えてならなかった。

 あの頃から自分の感覚はたいして変わらない気がする。


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オオムラサキツヅジ


 五月雨(さみだれ)に大輪のつづじが咲きこぼれていた。海沿いの公園を歩いたときだ。オオムラサキという品種で、耐寒性があり、鑑賞用によく植えられる、と説明書きがあった。

 花におのれの意気をたくすのは、日本人の習わしだ。オオムラサキツヅジは、そぼふる雨の夜に端然と大輪の花を見せていた。冷たい風に耐え人に華を見せる。私もそうありたい。


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悲観的なときほど楽観できる


 2年前の春先にマニラの街角でバッグを置き引きされた。中にはパソコン、カメラ、笛などが入っていた。盗まれた当初は悔しくて仕方がなかったけれど、今となって見れば、泥棒にお礼をいいたい気分である。

 というのは、大事なものを失くした情けなさをバネにして、より以上のものを得ようと必死になれたからだ。パソコンの中には、3ヶ月間、砂をかむ思いで訳してきた翻訳原稿があった。失くしたときのショックから1ヶ月は立ち直れなかった。それでも気を取り直して訳し、1年かけて完了した。

 カメラも、知人の好意により、さらに便利なものを、無期限で使えるようになった。

 もっとも気落ちしたのは、笛を失くしたことかもしれない。笛は同じものは二度と手に入らない。深い喪失感から笛について猛然と調べた。そのなかで師匠と出会い、また日本一とよび声の高い笛師に、注文製管していただく幸運にもめぐまれた。

 こうして見ると、パソコン、カメラ、笛、いずれも盗難事件の前より、物の質といい内容といい、飛躍的に進歩した。泥棒さまさま、だ。

 最悪の事態が転機となり、よりよい未来を導くことが、実際にあることを身をもって知らされた。だからどれほどひどい目にあっても、簡単にあきらめない方が得である。

 蛇足ながら付け加えると、気持ちの切り換えができたのは、易経の占法を学んでいたからかもしれない。易とは、変わりゆく事象を点でとらえ、円環をなす森羅万象のどこにあたるかを、見極めようとする営みである。易が私に教えるのは、うまくいっているときこそ細心の注意をすべきこと、また何もかもうまくいかないときほど成長できることである。


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男の純情


 日本の自殺率はいっこうに改善しない。政府の調査によれば、自殺を考える20代は28パーセントにのぼる。

 鬱病にかかって就職の内定を辞退した青年がテレビで語っていた。責任感の強そうな顔立ちで、怠け者だから働かない、といったわけではなさそうだった。

「男の純情」という歌がある。少しだけ歌詞に手を加えると、いまでもきける歌になる。


   男いのちの純情は 燃えて輝く金の星
   夜の都会の大空に くもる涙を誰が知ろう

   影はニートにやつれても きいてくれるなこの胸を
   しょせん男のゆく道は なんで女が知るものか

   暗い夜空が明けたなら 若いみどりの朝風に
   カネもいらなきゃ名もいらぬ 
   愛の古巣へ帰ろうよ


 たとえ今、ニートであろうと、派遣労働者であろうと、気持ちはこのくらいでいいはずだ。純だからこそ鬱病にもなる。女性の相手もおっくうになる。

 この歌にこめられた思いを理解できないようなら、味噌汁で顔を洗い、幼稚園から通い直したほうがいい。


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新月の明かりなき夜も


 意思を強くもち、たとえ時流にあらがえなくとも、天に恥じることをしていないのならば、背筋を伸ばして顔を前に向けたい。

 たとえこの世が地獄でも、新月の暗い夜を歩いているようでも、行って悔いはない。

〜のために行うことをやめる


 白取晴彦編訳『ニーチェの言葉』より。


  どれほど良いことに見えても、「〜のために」行うことは、卑しく貧しいことだ。誰々のためにであろうとも、何々のためにであろうとも、それが失敗したと思えるときには相手、もしくは事情や何かのせいにする心が生まれるし、うまくいったと思えるときには自分の手柄だとする慢心が生まれるからだ。

  つまり、本当は自分のためにだけ行っているのだ(以下略)。


 身につまされるというか、ぐさりとくる。ボランティアにたずさわる人は、何度も繰り返し思いおこすべき言葉だ。


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万葉集、真間の手児奈(てこな)


 日本人であるなら万葉集の歌の一首や二首は諳んじているべきだ。千葉の市川市の真間の手児奈(てこな)を偲ぶ行事に、保存会会長のご縁により参加した。

 真間の手児奈(てこな)というのは古代の女性である。かつて葛飾が海岸だったころ、旅の万葉歌人がいくつも歌を捧げている。その時代すでに伝説上の美女で、そこら辺りの女性一般をさしたのか、それとも個人のことなのか、はっきりしない。

 それでも歌人たちは手児奈に思いをはせた。いまの秋葉原文化でいうところの「萌え」の本朝における起こりである。空想上の女性を恋呼ばうという心性は、万葉以来の日本男性のくせらしい。

 手児奈(てこな)は麻を刈って暮らすような、卑しい身分の美人とされている。いつの時代も都会のエリート男性が野性的な田舎娘に夢を抱くのはかわらない。

 さて行事の帰り寄った喫茶店で、となりのイギリス人男性と、日本人女性の会話をきいて頭を抱えた。女性は旅行が好きで、去年伊勢神宮に行ったという。男性は興味を示し、「伊勢はアマテラスですよね」ときいた。女性はそっけなく、「I don’t know」といい放った。

 おいおい、お伊勢さんが天照大御神と知らないとは、どういうことか、と横やりを入れたくなった。日本人として知っておくべき基本中の基本だろう。その日(4月29日)は昭和天皇の誕生日だったが、女性はそれにも「I don’t know」だろう。

 イギリス人男性は日本に興味があって来日しただろうに、日本人自身が日本を知らず、興味を持たないことに、幻滅を味わったに違いない。それもこれも戦後教育の失敗による。

 じっさいに海外に出てみれば分かるけれど、自国の文化を堂々と語れないようでは、国際人として認められない。ヨーロッパ人が絶対王制時代へのトラウマから、日本の天皇のような権威を認めたがらないとしても、知ったことか。

 すでに21世紀はアジアの世紀である。ヨーロッパの旧宗主国の活力の減衰は、ギリシャの例を見るまでもなく明白だ。フランス人やスペイン人やイギリス人やアメリカ人が、アジア人よりも人種的に優れている、などというお粗末な固定観念はギリシアの神殿のように倒壊して久しい。

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火薬庫になりかけた海域


 東日本大震災が起きて数日後、タイのバンコクにいながら考えた。南シナ海あたりで、中国とアセアン諸国の間に何らかの武力衝突が起こるのではないか。

 東アジアの超大国が、小さなアセアンの国々にかける圧力は、日に日に増している。いわゆる南沙諸島、フィリピン領スプラトリー諸島の領有権問題も、来たるべき結末に向かって帰り道のない軌道を走りだしたようだ。

 地図をみると明らかだが、スプラトリー諸島はほとんどフィリピンの表皮ともいえるほど、危うい位置にある。あそこを実行支配されると、となりにはフィリピンで最も貧しいといわれるパラワン島しかない。

 その向こうはネグロス島やセブ、また首都マニラのあるルソン島まですぐである。ネグロスには個人的に親しい家族もいるので、他人事ではない。

 資源欲しさに領土拡張を押し進める超大国を抑えないと、安定しかけたアジアにふたたび暗雲がたれこむことになりかねない。


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三寒四温


 あたたかかったのが急に冷えこんだ。きりりとした風を新鮮に感じる。脳が冷却されるのか、冴えた気分がしてくる。

 寒いと理に傾き、暖かいと情に傾くという、文化のくせのようなものがあると思う。仏教にも北伝、南伝とあり、やはり北の方が理屈っぽい。インドは広い。ヒマラヤ辺りが雪に閉ざされているときも、コモリン岬辺りでは布一枚で過ごせる。

 ニューヨークで起こったジャズの革新運動も、やはり寒さと関係があるんじゃないか。南方で育まれた肉体性が、北方の理論を身につけるとき、ダイナミックな文化の跳躍といったものがはじまる気がしてならない。

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人命尊重と少子化


 思いついたことはメモしないと忘れる。春の陽気にさそわれて公園で遊ぶ子どもたちを見て、気がついたことがあった。

 人命尊重の行き着く先が、少子化なのではないか。一人の命を救うことにこだわる余り、子供にかける費用は上がる一方だ。逆にフィリピンは、人命軽視に傾きがちな国状だけれど、子どもは通りを埋め尽くすほどいる。

 経済的な負担を考えると、女性は子供を生むのをためらう。少子化というのも、戦後の日本人が自ら選択した方向なのではないか。

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見えない敵


 とつぜん目まいと耳鳴りが来た。動揺をおさえるために、45分くらい何もせず過ごした。春の変わりやすい天気のためか、はたまた地震と余震のセカンド・ショックによるものか、分からない。

 敵の姿は見えないので戦うのも困難だ。何の前ぶれもなくとつぜんくる。時と場所を選ばない。何の、この程度で、とあぶら汗をかきつつ、こらえている。

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